2010/01/24

Vouloir un être structuré?

30年前の「現代思想」別冊 ”現代思想の109人”
レヴィ=ストロースも、バルトもまだ存命の時代。
ラカンについては評価をどうするか悩みものだ、なんてことが書いてある時代。

でも…この30年で現代思想は変わったのだろうか。
節々に歴史の転換点となる出来事はあったけれど、そこから時代を切り開くような思想が生まれたのかな。
この閉塞感はもしかしたら、同時代という言葉に置き換えられるのかもしれないけど、
どこか欧米の先の見えない時勢を思わせる気がする。

ヨーロッパの「哲学」とか「思想」という尺度じゃなくて、アジア的な、あるいは環太平洋的な
人間の立ち振る舞いや芸術(むしろl’art de vivreという意味での)の中にこそ、
新しい時代の胎動たるムーブマンが潜んでいるような気がする。
世界はとっくにヨーロッパの考えを見切り、アメリカの考えを革新しようとしている。

ぼくはまだヨーロッパを消化していないけれど、そろそろアジア人、日本人としての自分を創り出してもいい時期な気がする。

うーん、たまに高尚ぶって難しい本を読むと考えが散らばってしまって、後に残るは虚無感のみ。。。

何でもできそうな気がする時がある。
何も出来ない自分に気づく時がある。

その繰り返しに折り合いをつけて進まなくちゃ行けないんだけど。
精神面がごっちゃに混ざった時に効果的な、自転車追い込みトレーニングもできないこの雪中、
だからこそいろいろ考えてしまうよ。

Who's hat?
Who's hat?

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